孝明天皇の死、薩摩や長州藩とのトラブルにより徳川幕府は朝廷に大政奉還を実施する。その後、旧・幕府軍と薩摩軍との戊辰戦争が勃発する。
この戦いに敗れた幕府は江戸城に迫りくる軍勢の対応に追われた。この時に力を発揮したのが篤姫である。主に江戸城の無血開城や大奥の引き渡し、徳川家存続の取り付けを実施した。
この時、最後に江戸城を出たのが篤姫であるとされている。その後は一橋家に身を寄せ、最終的には徳川宗家に行くこととなった。大奥との生活のギャップが激しかった事が予想されるが、特に文句を言ったなどと言った事はなかったようです。
その後、徳川家の結末を見届けた上で49歳で亡くなった。また、篤姫は家定の正室になって以来一度も薩摩(鹿児島)に戻る事はなかった。
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